「…まったく。女の子を待たせるなんて、あいつはどうしてこうも唐変木なのかしら」
自分のクラスのホームルームが終わり、士郎のクラスの前を通ったらまだ終わっていなかったので、約束通り下駄箱の前で待っていたのだけど…あいつめ、20分近く経っても出てこない。
しかも彼のクラスの生徒も出てきているので、既にホームルームは終わっているようだ…
(でも…普段は唐変木なくせに、たまに歯が浮くような台詞を言ってくるし…)
…確かに普段の彼は他人の心の機微に…特に女性の心の変化に疎い。
しかし、それでいて無意識に今朝のような台詞を言うのだから質が悪い。
さらに言えば、同年代の女の子を当然のように自分の家の食事に招待するとは…
(はーっ、でも士郎だからしょうがないか)
しかし、彼の異常とも言える人の良さは、あの戦争中で確認済みだ。
魔術師の家なのに開放的で温かい家、彼の周囲の人達も皆親切で優しい。
私が今まで経験できなかった他人の温もりが彼の周りには在ったから、私はあの後も彼の家に入り浸ってしまっている。
(…心の贅肉つけすぎちゃたかなー)
他の魔術師と師弟関係でもないのに馴れ合うなんて、魔術師としては不必要極まりないことなのだろう。
そんな事を考えながら、壁に寄り掛かかって彼を待っていた。
「む、遠坂…こんな所で何をしておるのだ?」
…少しして、生徒会長さんが怪訝そうに話しかけてきた。
待たされていて軽く苛立っているので、朝の決着を付けてもいいけど…止めた、疲れるだけだしね。
「あら柳洞君。何をって、私はただ衛宮君を待っているだけよ。…そういえば彼は貴方と同じクラスよね?彼がどこにいるか知らない?」
「む、衛宮なら先程まで俺と話していたから、おそらくまだ教室に残っているだろうが…しかし、お主たちは下校も共にしているのか?」
「あら?私と衛宮君が一緒に居るのがそんなに不思議なの?」
「それは不思議だろうよ。衛宮もお主も誰かと一緒に居るところなどあまり見たことが無いし、何より二人はつい先日まで初対面ではなかったか?」
「…そうね。私もよく解らないけど、彼って苛め甲斐があって面白いからかな」
そう言って、私は不敵に笑ってみた。
「…ふん。衛宮の友人としては、お主のような雌狐は放って置けんのだが…何かしら合うところがあるのかもな。しかし、あまりにも害があるようなら容赦はせんからな」
彼は言いたい事を言うと、『では失礼する』と言って去って行った。
柳洞君は不思議な人だと思うけど…一般人では綾子と同じで、少しは私の素が出せる数少ない人物だ。
「あっ、悪い遠坂!遅れちまった!」
…そして、やっとやって来た彼は、私の魔術師の部分も含めて全て出せる唯一人の…どうしようもなく世話の焼ける未熟者。
「いいわ、どうせ士郎だし。それよりもイリヤが待っているでしょうから急ぎましょう」
…あれから私は変わったのだろうか?
よくは解らないけど、以前よりは…気持ちが楽になった気がする。
序章:V/魔術師三人
「ただいま」
「お邪魔します」
あの後、商店街で買い物を済せて士郎の家にやって来た。
私の家の買い物もして、荷物は全て士郎に持たせてやった。
遅刻したのだからこれくらい当然だろう。
「お兄ちゃんおかえりー!もう遅いんだから、わたしお腹ペコペコだよ」
イリヤが駆けよって来て士郎に抱き付いている。
…料理よりも先ず、聞かなければならないことができたようだ。
「へぇ〜衛宮君…貴方、イリヤにお兄ちゃんなんて呼ばせているの?」
「なっ!?ち、違うぞ、遠坂!これはイリヤが…」
「それにそんなにベタベタして…あっ、朝のくっついているとか当たってるってこういう事だったのね…」
「ぐっ…で、でも!これは別に俺が…」
「…この…ロリコン野郎がー!!」
「ぐはぁっ!?」
思いっ切り体重の乗った右フックを、顔面にお見舞いしてやった。
…あいつは倒れ伏し、涙を零しながらも言い訳を続けているが…反論は許さない。
まったく、いくら仲が良くても道徳的に許されない事もあるのよ!
「だ、大丈夫お兄ちゃん!ちょっとリン!何するのよ!」
「いいのよ。この先士郎が道を誤らないためにも、必要な制裁なんだから」
未だ玄関に倒れている士郎と、あたふたしているイリヤを放って置いて、私は昼食の仕度をするために台所へ向かった。
……食事が終わり、三人でお茶を啜りながら炬燵に入って話している。
「あー痛い。いくらなんでも、あれは酷いぞ、遠坂」
「ふん、イリヤにお兄ちゃんなんて呼ばせて、鼻の下を伸ばしているからいけないのよ」
「だから、俺が呼ばせているわけじゃないって」
「そうよ、言い出したのはわたし。それに、シロウとわたしは家族なんだから呼び方なんて自由じゃない」
「別に間違っているとは言わないけど…世の中にはお兄ちゃんなんて呼ばれて、卑しい気持ちを持っている連中なんて掃いて捨てるほどいるんだから。士郎がそうならないようにするための教育よ」
「お、俺は別にそんなこと…」
「あら、別にわたしはシロウが変態趣味でも構わないわよ?」
「い、イリヤ!?駄目だ、お願いだから今は爆弾を持ち込まないでくれ!」
私が笑みを浮べて睨み付けると、士郎は面白い程びくびくする。
…もう少しいびっていたいけど…ちょうど私達だけだし、話しておかなければならない事を話してしまおう。
「ねぇ、それよりも二人と話しておきたい事があるわ」
私の言葉に魔術師としての色を感じたのだろう、二人共真剣な目で私を見ている。
「あれから綺礼の事を聖堂教会に報告して、代わりの司教の人が来てくれたから後処理の方は片付いたけど…もう一つ、魔術協会への報告が残っているのよ」
「ん?何か問題でもあるのか?…あっ、まさか聖杯を壊したりしたから…」
「ううん、その事もいくらか問題にはなるだろうけど大丈夫。流石に“この世全ての悪”を出すわけにはいかなかったから、理由を話せば納得してくれるわ」
「じゃあ何も問題無いじゃないか、ありのままを報告すればいいだろ?」
「…それは無理ね、報告にはマスターの事も書かなければならないもの。問題って、わたしとシロウのことでしょ?リン」
「…えぇ、イリヤはバーサーカーのマスターであると同時に今回の聖杯でもあった。しかも一度聖杯として機能してしまっているわ。この事実が知られたらイリヤは聖杯という“物”として、魔術協会もしくは聖堂教会に保存という名目で封印されてしまうわ」
「なっ!?」
「それに士郎、貴方も同じなのよ。貴方は投影魔術でセイバーの宝具を、その能力までも完全に投影してみせた。そんなのは異端もいい所、知られたら即刻ホルマリン漬けにされるわ」
「そういうことよ、シロウ。私達が生きるためには、この事は協会にも他の魔術師にも絶対に知られてはいけないの」
「………」
「イリヤ、貴女が聖杯だったという証拠とかは残っているの?」
「いいえ。わたしの聖杯としての機能も今は停止しているから、解剖でもされなければバレることはないわ」
「そう…わかった。イリヤに関してはマスターであったというだけで、今回の聖杯は別の物だと報告するわね。聖杯は破壊したと報告するんだから、後々詮索されることもないでしょうし。…あとは士郎をどうするかね」
「わたしかリンがサーバントをなくした後、マスターを失ったセイバーと再契約をしたって事にして、セイバーの召喚者を不明にすればシロウの存在を隠せるんじゃない?」
「えぇ、私もそれが一番だと思う。あれだけ混乱した戦いだったもの、十分いけると思うわ。…後は士郎、貴方は人前で宝具の投影なんかしちゃ駄目だからね」
「あぁ、もちろん」
「ふぅ…。じゃあ、この話はお終いね」
私は一つ溜め息をつくと、煎れてもらったお茶を飲む。
…ん?二人が不思議そうな目で私を見ている。
何か顔に付いているのかしら…?
二人は目を合わせると、一緒になって言った。
「ありがとう遠坂」
「ありがとうリン」
私は思わず湯呑みを落としそうになった。
「な!?何よ、二人ともいきなり…!」
「だって、遠坂だって魔術師だろ?まして冬木の管理者なのに俺たちの事を庇ったりしたら、後々大変になるのは目に見えている…。それなのに、こうやって手助けしてくれるじゃないか」
「うん、シロウの言うとおりだよ。対価を要求しないで外来の魔術師のわたしまで庇って…。それにあの時だって、わたしを守るためにコトミネたちと闘ってくれたじゃない」
「だからさ…遠坂には感謝してる」
「うん。わたし、リンのことも好きよ」
くぅ〜…ひ、卑怯よ!そんな顔で、そんな台詞ダブルで言うなんて!!
もう、顔熱いし、二人の顔を見れないじゃない…
「うっ…ど、どういたしまして。…それに、ありがとう…」
私は明後日の方向を向きながら、なんとかそれだけ言うことができた。
あっ!士郎あんた今なんて言った!
イリヤと一緒に、『普段もこんな遠坂なら可愛いのに』…なんて言ってんじゃないわよ!!
あんた今朝、歯に衣着せなさいって忠告されたばかりじゃない!
益々顔が熱くなる。
(あ〜もう、これじゃあどんどん贅肉が増えちゃう…)
私のやっていることは魔術師としては間違っているのだろう。
…けど、きっと間違ってない。
私を見て笑っている二人を見て…また顔を逸す。
今はそう思えるから…
まだ笑っている士郎をひと睨みして、洗面所に向かって居間を出た。
「…よし、もう赤くないわね」
顔を冷まし、士郎への仕返しを考えながら居間に戻ってきた。
「あっ、遠坂ちょっといいか?」
「あら、どうしたの衛宮君?」
彼の呼び掛けに、いつもの笑みを向けながら応えてやる。
「うっ…さっきは悪い、少しからかいすぎたよな。ちょっと俺も話があるんだ、聞いてくれ。あっ、イリヤも一緒に」
私が炬燵に入ると入れ替わるように彼は炬燵から出て、私達の方に向かい姿勢を正すと…
「…遠坂、イリヤ、もう一度俺の魔術の師匠になってくれ」
頭を下げながら、そう頼んできた。
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